私は40年以上生きてきて、人の性格というものは変わらないものと思っていました。
今までの人生で良いことも悪いこともありましたが、どんな経験をしても基本的に性格までは変えようがないものだと思っていたんですね。
私が過去の自分を分析してみると「自分に甘く人に厳しい」という性格がピッタリです。
あっさり書きましたが最低人間ですね^-^;
普段から自分の好きな事だけを追い求め、辛いことやしんどいこと、都合の悪いことはなるべく避けて生活をしていました。
野球をやめ、乱れた高校生活を送り、卒業してからも定職に就かず数年間遊び続けました。
そして、就職してからその後自分の会社を持つまでは、やる気を出さざるを得ない時だけ頑張って仕事をしてきたような人間です。
面倒なことはすべて後回しで、お尻に火がつかないと行動できない人間だったんです。
起業してからは、少し改心してそれまで以上に頑張ってきたつもりですが、当時の自分の心の奥深くを探っていくと、やはり会社や社員のためという気持ちよりも自分自身や家族のために頑張っていたような気がします。
この経歴だけで、私の考えの甘さがよくわかりますよね。
まあ、これだけならまだかわいいもんなんでしょうけど、自分に甘いくせに人には厳しく当たってきた最低な性格をしています。
会社員として働いていた時は、人のミスを素直に許せず自分のことは棚に上げて人のミスを指摘しないと気が済まないようなクソ野郎でした。
私の器はおちょこよりも小さかったんです。
そして、そんな外道には「因果応報」という言葉のとおり必ず天罰が下ります。
神様がそんなクソ野郎を見逃すわけがありません。
まあ、ここまでひどい性格が露骨に表れていたのは遥か昔の20代前半当時ではあったんですが、
どうやらその頃の行いは40歳を過ぎても時効にはなってなかったようです。
私は10年以上の年月を掛けて必死で築き上げてきたものを、わずか1日にして全て失ってしまいました。
それも、何の前兆も感じずある日突然に・・・
当時、「絶望」「ショック」「不信」「真っ暗」「奈落の底」「鬱」「死」など、私の中では処理しきれないほどの先の見えないドス黒いものに全てを覆いつくされ、私は精神的に死亡しました。
これ、決して大袈裟でも冗談でもなく、肉体は生きていたものの心は本当に死にました。
まあ、この流れはプロフィールを見ていただければわかりますのでこれ以上は書きませんが、この事件で、私の性格か考え方なのかわかりませんけどとにかく完全に変わってしまったのは事実です。
私は今までの行いのバチが当たり、「人生をもう一度やり直しなさい」とどん底まで落とされました。
その時落とされた場所には、私以外誰一人いませんでした。
当時は、ここからやり直すなんて絶対不可能と思いましたが、「神様にも見放されてしまうようなこんな最低人間でも信じてやれるのは結局自分だけ」「今までの自分は神様の思いと真逆の考えで生きてきた」「だから残りの人生は今までと反対の生き方をしよう」「そして誰かに決められる生き方はもうやめよう」と決意しました。
悟りを開くというような言い方はおこがましいですが、自分の中で過去の自分の嫌な部分が全部見えてしまったような感覚になり、これからは自由に生きるために今までと真逆の生き方をしようという考え方に変わったんです。
文章を読まれるときれいごとのように思われるかもしれませんが、本当にそういう考えに変わってしまったのでそのまま書かせてもらいました。
性格というより、単に考え方や人生観が変わってしまったのかわかりませんが、とにかくこの考えになってからは、すごく身軽な気分になったと同時に、今まで気にも掛けなかった自分以外の人の考え方や悩みなども素直に耳に入ってくるようになりました。
そして、人の考えや悩みが素直に聞けて、その人と同じ意識レベルまで自分を持って行き深く考えれるようになると、人から感謝されるようになりました。
今まであまり好みじゃなかったような人でも、好みじゃないという理由は自分が勝手に作り上げていたものだと気付きました。
自分が相手に対して抱く感情というのは、おそらく自分の防衛本能が関わっている部分が大きいような気がします。
「この人は自分にとって敵なのか味方なのか」
人間の本能の一部ではあるのでしょうが、ものすごく単純です。
私が普通の日常生活を送ってきていれば、おそらく今現在もそれに気付いてなかったと思います。
信じていた人に裏切られ、どん底に落ち、真剣に死を考え、その寸前までいったことで、私は今まで持っていた余計なプライドが剥がれ落ちていきました。
その結果、本当に身軽になりました。
その後は、世の中に存在するすべての人々、そして全ての動植物は、私よりも優れているというように考えるようになりました。
今もそう思っています。
だから特別恐れるものもありません。
これ以上落ちるところもないと心から思え本当に楽になりました。
それからというもの、本当の自由を勝ち取るためだけに、自分でも恐ろしいくらい自然体でいられます。
そしてその為にすべてをささげられる自分がいます。
さて・・・
誰かができているものはきっと他の誰かもできるはずです。
なぜならマネをすればいいだけですので。
もちろんパクリはダメですけど、真剣にやろうとする人はマネをしたとしても決してパクリと思われるようなことはしません。
なぜなら、パクリをするとその時点で等身大のものではなくなりますので、いずれ綻びが出ることを知っていますから。
これを読んでいるあなたは、私のようにどん底まで落ちて精神が崩壊し、心が死んでしまうような状態にまでなる必要など全くありません。
しかし、意識レベルだけでいいので、今そのくらいの窮地に陥っていると想像してみてください。
副業で本業以上に成功している人は、この危機感をリアルに感じています。
だから自分で自分を鼓舞して一気に階段を上っていくんです。
人間死ぬ気になったら何でもできると言いますが、この言葉は決して嘘ではないですよ。
あなたが本気で自由になりたいと思っているなら、心や体に痛みを感じるほどの危機感をリアルに感じてください。
そして、自分の決めた目標を達成するまで、その危機感を決して忘れないでください。
あなたを本気で動かす原動力は「最大のネガティブ」(窮地)です。
その最大のネガティブを常に傍に置いて必死で変わろうと行動すれば、早い段階で成功を勝ち取り、その成功があなたの最大のポジティブとなります。
そして、あなたが持ち続けた最大のネガティブと、自分の力でつかみ取った最大のポジティブの差が最終的にあなたの器となります。
間違えてほしくないのですが、ここでいう器とは単にあの人は優しいとかおおらかだというよなことではありません。
どんな問題が目の前に起ころうと、自身で解決できる能力の大きさを言っています。
世の中で様々な経験をしている人は器が大きい傾向にあります。
それは、その人自身が実体験してきた高低の幅がその人自身の血肉となり、自分自身で行動して解決できる能力を備えることができているからです。
あなたも今の自分を変えたいなら、失敗を恐れず危機感を持ってエネルギッシュに行動していきましょう。
あなたの器は次第に大きくなっていき、気付けばその器には自分の望むものがあふれるほどに入っているようになっていますから。
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